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しょうもない

真実 (是枝裕和監督)

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★真実はない、ウソだらけ

 是枝裕和監督のテースト満載の映画だった。冒頭の美しい秋の木々が広がる中に小さな一枚の緑色の葉が残っている。この緑の葉こそ、主人公のファビエンヌ。老いてなお女優として活躍する彼女の姿は、枯れた葉の中に残る一枚の緑の葉そのものだ。
 ジュリエット・ビノシュ演じる娘は大女優のもとに育ち今は脚本家。夫は二流俳優で主演がない。主演が取れるまで禁酒している。小さな孫娘シャルロット。是枝作品で何度も繰り返し示される子供の辛辣さは、この映画のラストで示される。
 ファビエンヌの屋敷には大きなウミガメがいて、この家を出て行った父親のピエールの名前がつけられる。
 この映画には二人の亡霊が現れる。一人はサラというすでに亡くなったファビエンヌに影響を与えた女性。ここではおばとされているが、あまり詳しいことは語られない。娘のリュミエールが母親に憎しみを感じているのに対し、サラに対するやさしさに母親以上の愛情を感じている。このサラという女性がファビエンヌの新作で共演する若い人気女優マノンに乗り移る。セリフも音も全く遮断されるシーンが一か所ある。このシーンがサラの亡霊を呼び起こすシーンと感じさせる。そしてもう一人の亡霊がウミガメだ。ひげ面の浮浪者が家に帰ってくると、庭にいたはずのウミガメがいない。これもまた亡霊だ。それはエディプスコンプレックスを匂わせる父親像の不在。この映画はいわば女性同士の戦いのドラマだ。その戦いの中で男の存在は無力で、ファビエンヌの執事や料理人も添え物だ。娘のリュミエールの夫(イーサン・ホーク)ですら存在感がない。
 ここに存在した片方の亡霊”サラ”の存在をめぐり、延々と母娘の対立が時に厳しく時にコミカルの描かれる。ファビエンヌの毒舌に彼女の性格と彼女が浮名を連ねた歴史が示される。役を獲得するために私生活を殺してまでも意思を通す。自分の女優としての存在を勝ち取るためなら自分以外の人のどんな犠牲もいとわない強さ。弱肉強食の業界で勝ち残るための処世術を彼女はすべて備えているのだ。
 この映画に感動的なシーンがあるとすると、最後に母娘が和解するシーンだ。しかしこのシーンも実は自分の演技のための作り話で、心にもないことを口にすることで、より高いレベルの演技を自分に強要しよとする。このあたりの表現はいかにも是枝イズムだ。感動を単純化しないシニカルさ。コメディと悲劇が表裏の関係にあることをこの監督は熟知している。『誰も知らない』の前半と後半で、まるで違う映画にしたあの才能は今も生かされているようだ。
 この映画では映画の中に映画撮影が演出され、ことさら劇中劇のような展開が面白い。映画の中で大女優のファビエンヌを演出する若い映画監督は、おそらく是枝監督自身であろう。このように登場する人物の人物像を並べると、誰もがウソをついていることに気づく。そのウソをウソと自覚もせずに女優として生き続けるファビエンヌこそ最も大ウソつきだ。そして彼女は自らがウソをついていることすら気づいていない。一度家を離れた執事ですらウソをついていて、再びこの家に帰ってくる。このようなウソが塗り重ねられた最後に孫娘が「それって真実なの?」と母親に問いかける。これがこの映画のテーマだった。
 思えば是枝作品が一貫して描く”ウソ”。どの作品にも”ウソ”が存在し、その”ウソ”をめぐってドラマが展開してゆく。彼がもともとドキュメンタリー出身であることと、このウソを主軸とするドラマを描き続けることに矛盾を感じるかもしれないが、「事実は小説より奇なり」ということわざが示すとおり、カメラを通して受け取る映像はたとえドキュメンタリーであってもウソがあるということを是枝監督が自覚しているからこそ、このような大胆な切り口でドラマを展開できるのではなかろうか。
 思えば、是枝監督自身が研究した大島渚監督や今村昌平監督らも、ドキュメンタリーが背後にある。ドキュメンタリーだから真実なのではなく、むしろドキュメンタリーこそドラマとしてのウソを織り交ぜていることを理解したうえで、素晴らしい映画作品を撮り重ねてきたのである。大島渚監督は奇しくも『マックス・モン・アムール』でフランス映画に挑戦した。是枝監督が大島渚監督を意識したことは暗に想像できる。また、今村昌平監督の『人間蒸発』こそ、ドキュメンタリーを語る上で欠かせないドラマ性がある。

 

 

 シャネルとイブ・サンローランのモデル(ミューズ)としてファッションアイコンだった。そして『ラ・ラ・ランド』が『シェルブールの雨傘』をイメージする。二人が結ばれないという切ない映画。
 是枝監督曰く、ドヌーヴさんは撮影当日、全くセリフが入っていなかったらしい。ファビエンヌはドヌーヴさんのミドルネームなんだそうだ。この映画の企画を持ち込んだのはジュリエット・ビノシュだったそうだ。