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しょうもない

悲しみは憶良に聞け 中西進著

まさか自分が万葉集に近づくことになろうとは夢にも思わなかった。
だいぶ前になるが韓国を旅行したとき、添乗員の方が日本の学校で「万葉集」を学んだと言われていたことを思い出す。まだ日韓が今日ほどこじれる前のあの女性の知的な添乗員の方は、いまどのように語るだろうか。
 
以下は自らの記録なので、誰かに読んでもらおうという意思はない。
 

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中西進氏は91歳。2009年この本が書かれたとき、すでに80歳に近いときに書かれた本だが、まだ最近まで著作や研究書を出されており、この道の権威としてご活躍されている。
 
万葉の時代を今と照らし、山上憶良の時代と憶良自身について深く掘り下げている。
 
概要はまず、憶良が朝鮮半島からの渡来人であり、帰国子女だった、という中西氏自身の信憑性の高い説から始まり、日本にルーツをもたない渡来人の苦悩を解説する。そして万葉集では極めてまれな「貧乏」を歌う歌人としての姿勢を見事に描写している。当時としてはかなり高齢の74歳まで生きた憶良は、役人としてはノンキャリアで表舞台に登場するのが40歳(今でいう定年後ぐらい)だったことも、憶良の深い洞察を反映しているとする。
 
まず大宝律令の制定が、当時の日本にとっては戦後憲法の制定に近い価値観の変化があったことを解説する。戦後というとこのコロナをはさんで「戦後最大」という言葉が飛び交っているが、そうするとまさに今こそが憶良の時代の価値転換の時代とも重なるのではなかろうか。
 
著者は憶良が「万葉集」の中で唯一”貧困”を歌ったことを強調する。「貧窮問答の歌」の中に出てくる”雪”は、彼が生まれた韓国の雪であることもまた、現代と重なる。
 
  • 風雑り 雨降る夜の 雨雑り 雪降る夜は・・・
 
このような雨まじりの雪は「万葉集」に出てこない。そして「貧窮問答の歌」は、このような貧しさを乗り越えるためには”笑うしかない”と言っているそうだ。笑いが人間を救う。貧しくなるとどうしても豊かな人や状態を羨み憎むという対比的な行動や言動が蔓延する。それでも宮仕えの身では思うようにならない。サラリーのために自らを殺して生きる。それを離れて故郷に帰る現象があって、それを”帰去来”というらしい。陶淵明の句だ。貧しくても故郷に帰って静かに暮らそうという思想。
 
帰去来というと蔡國強を連想する。彼の横浜美術館での爆竹パフォーマンスはまさに中国という祖国への思いだろう。衝撃的だった。
 
山上憶良の大きなテーマは「老い」「病」「愛」だと著者は言う。当時としてはかなり高齢の齢70を超えるまで生きる。本来この年令ともなれば”生き恥”とも言われかねない中、恥ずかしくない老いを過ごすというのがテーマだったようだ。これもまた現代性のある思想だ。”病は口から入る”という言葉は、老いてなお暴飲暴食を繰り返す愚かさを示す。これは自らの傲慢な意識を浮き立たせるものだ。そもそも賢き人は謙虚だ。逆に自らを賢いと思い人ほど頭が悪い。これは欲と現実の間にあるものだ。
 
自分もまた概ね”老い”をさまよっている。常に若く有りたいと思う心こそ罪だと思う。そう思えば思うほど自らが惨めになる。しかも自らはそれに気づかない。
 
読書は自らを時として客観視できるからいい。そしてこの本もまた、自らが埋もれてゆこうとする老いを現実にしてくれる名著だと思う。憶良の言葉も素晴らしいが、それを補う著者の彗眼にもまた感服した。素晴らしい本だった。
 
 
 

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