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しょうもない

映画には「動機」がある 町山智浩 

少し前に『それでも映画は「格差」を描く』のひとつ前の最前線の映画を読むシリーズVol2だ。『映画には「動機」がある
12章からなる本は、それぞれの映画に出てくる不思議なシーンに着目し、その理由を掘り下げている。

例えば「なぜストリックランドは手を洗わないのか?」このタイトルを読んでどんな映画のことを言っているのかわかる人はすごい。細かいことをここで紹介することは避けるが、この映画の監督がアカデミー監督賞を受賞したときのコメントが泣かせる。映画人としてどうあるべきか、ということを述べている。「映画がする最高の仕事は砂で書かれた境界線を消すことだ。世界が境界線を作って人々を隔てようとするとき、私達はそれを消し続けなければいけません。」メキシコ人のデル・トロが言うと重たい。

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なぜ牧師は教会を爆破するのか?」という問いもまた複雑だ。今年初っ端に鑑賞した『ダーク・ウォーターズ』と重なる。

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なぜバス運転手は詩を書くのか?」や「なぜデザイナーはハングリーなのか?」と聞いて映画を連想できたら見事だ。特に前者ではこのブログでも何度か紹介していえうアール・ブリュットの提唱者ジャン・デビュッフェに触れられている。

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映画は時代を反映する。また反映させる使命があると思う。その先に様々な試練があろうとも映画に託された時代性は後世に残るべきものだと思う。ところが昨今の日本の商業映画にはその意思がまるでない。これは極めて深刻な状態だと思う。社会主義共産主義社会でもぎりぎりの挑戦をしている映画があるのに、本来自由であるはずの資本主義世界で本当の社会性を示すべき映画が撮れない。「動機」がある映画ほどスポイルされる日本映画の作家たち。

この本にそのことは触れられていないが、読んだ感想として、日本の政治を憂う。もうこの国はかなり危険水域を超え、終わりつつあることを知るべきだ。日本はもう終わりだ。未来がない。
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