dalichoko

しょうもない

スケーターガール 

Netflixで『スケーターガール』を鑑賞。

単純でわかりやすい映画だが、町山智浩さんの解説を聞くとよりこの映画を深堀りできる。これは単なるインドの片田舎に住む少女のサクセスストーリーではないということだ。

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カースト制度は表向きはなくなったはずだ。しかしこのドラマの中で露骨にカーストが意識されている。この少女は学校にも行けない。その理由が生理だからだったりする。ほかにも父親の独裁でスケボーもできないだけならいいが、学校で親しくなった男友達との接触も妨害する。この父親はたけしさんのお父さん『たけしくん、はい!』の父親のようで、収入は少ないのに見栄っ張りで強情を張る。

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この片田舎にイギリス女性が訪れて、小さな子どもたちのためにスケボーランドを作るというとてつもないアイデアを実現しようとする。スケボーに現を抜かす娘を早く嫁がせるために借金して縁談話しを進める父親とそこから逃走する少女。そして彼女を支援する幼い弟などが感動的にドラマをもり立てる。


www.youtube.com

町山さんの話しにもあるのだが、彼女たちに”夢は?”と聞いても答えられない。カースト制度とは生まれた身分を少しも動くことが許されないから、夢を見ることの意味さえ知らない子どもたちだ。そんな子どもたちを開放する映画。

 

かたや、日本はというと目に見えないカースト制度がまだまだ立ちはだかる。というか以前よりもまして右へ右へと揺れてゆく。それに誰も気づかないような。池袋の交通事故もそうだ。鮫島浩さんのツイッターでは、あの田中均氏もツイートを始めたそうだが、安倍晋三の独裁政治に傾くきっかけも紹介されている。

 

格差はあるのだ。そして日本のほうがよほどどい状態なのを誰も知らない。

それは選挙結果が物語っている。

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映画大好きポンポさん

映画大好きポンポさん』もしこの記事を読まれた方は、いますぐ近くの映画館でこの映画を上映している時間を確認してすぐにでも見に行くべきです。断言します。もちろん子供さん連れでもOKです。こんなに夢のある映画が、デフレでどうしょうもないこの国から発信することができたことを誇りに思います。
www.youtube.com


www.youtube.com

素晴らしく感動しました。

何にこれほど感動するのか自分でもよくわからないんですけど、とにかく感動します。子供さんと見ていただいてもいいのですが、実は中身はかなり大人の世界です。映画を作る人達の熱意と愛情とありとあらゆる現実を示す映画なんです。アニメなのに。でもそこが実によくできていて面白いんですね。

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例えば、映画はただでできるものではありません。お金と人を集めるプロデューサーという存在が必要です。それがポンポさんです。ポンポさんはこのような少女っぽい見かけですが映画のプロです。このアンバランスなところがまたいいわけですね。彼女はあらゆる才能を見抜いて開花させることができるんです。

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そのポンポさんが目をつけたのがこのジーン。彼の目は死んでます。しかしポンポさんが彼を抜擢する理由があって、その理由とは???

そしてジーンが目をつけた新人女優がナタリー。

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ナタリーとジーンの出会い。そして連続30回以上もオーディションを落ち続けたナタリーが抜擢される理由とは?

そしてそして最もこの映画が面白いのは、映画を作るためには金が必要だというリアルな部分。銀行を辞めようと落ち込んでいるアランという存在とは?

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ヤバいですこれ。ヤバい。

公式サイトへぜひ!よければ感想などもお聞かせ下さい。批判的な感想もOKですよ。

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RUN ラン

町山智浩さんの解説で面白そうと思って見ることにした。『RUN ラン

ディーディー・ブランチャード殺害事件」が元ネタになってるようだ。いわゆる毒親と子供の対決とでもいうことになるか。毒親というと『クルエラ』や『ウィロビー家の子供たち』をはじめ『存在のない子供たち』、古くをさかのぼればもっとある。


www.youtube.com

search/サーチ』というパソコンの画面の中だけで展開する映画を撮った、インド人映画監アニーシュ・チャガンティの2作目だ。同じインド人シャマランも見事な切り口でサスペンスを描く。あの『シックス・センス』の中にも出てくる話しが、この『RUN/ラン』にも一部重なっている。

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親の過剰な愛情の所以を車椅子の娘が探る話し。

こわいのなんのって、サラ・ポールソンの見事な演技も素晴らしいのだが、娘役のキーラ・アレンの命がけの演技は圧巻だ。彼女の目線でドラマは進む。彼女が飲まされている緑色のカプセルの薬がなんなのか?『クイーンズ・ギャンビット』にも出てくるカプセル。それにしてもアメリカに限らず、世界は薬で蔓延している。そして酒やたばこ以上に依存性が高い。

この心理的な怖さは、画面で展開するシーン以上に見るものを交付に陥れる。ヒッチコックデ・パルマを現代に据え換えたような印象で、切れ味も鋭い。

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隈研吾展 

今週のお題「100万円あったら」 フランスラグビーワールドカップツアーに行く


www.youtube.com


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竹橋の近代美術館で隈研吾展を鑑賞。

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じっくり鑑賞して、感想をどう書こうかと色々考えるのだが、結論から言うとこれを文字にしても意味がないということだ。敢えて言うなら、隈研吾さん自身が過去の偉大な建築家(例えば丹下健三磯崎新)をリスペクトしつつも、強く否定している点が極めて説得力を持つというところだろうか。あとはとても説明がつきにくい。

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そこには間違いなく建築物という”モノ”がある。しかしそれ自体が何かを意味するものではない。「雑草を除去するという行為はシステムへの隷従を意味し、効率という名の不幸、建築という名の不幸へとつながる。」というコメントは重い。隈研吾さんは建築そのものを否定しているのだ。

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日本人はどう死ぬべきか』という養老孟司先生との対談本の中で「住宅ローンの魔法にかかったサラリーマンという高等な奴隷」という言葉で、戦後の成長からバブル後のデクラインへと落ち込む日本人を”奴隷の隷従”という言葉でつなぐのが隈研吾流ということだ。これらの言葉は痛くて重たい。

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孔、粒子、やわらかい、斜め、時間

というカテゴリーはすべてそれ時代が歪みを兼ねているということを意味している。木材という素材を扱いながらも、その弱さと強さと変化を織り交ぜて建物を地域と密着させようとする隈研吾さんの働きは、彼の本来の狙いとはどんどん違った方向へ進んでいるようにも思える。

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この矛盾をこの展示では”猫”が補ってくれている。実にユニークな試みで面白い。猫が存在する社会、その肌触りであり狭さであり変形(斜め)であり、そうした不安定性と不完全性の中に、人が猫に学ぶ建築や住まいの在り方を暗示させてくれるようだ。実に面白い。

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コルビジェの「運動と時間」、ジェイソン・ジェイコブスの「ボロ(=エイジング)」という発想。改修を雑音と位置づける人とのやりとりを建築と考える点などはとても学ぶ部分が多い。これは三陸沖の復興プロジェクトへと影響する考え方である。

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ピエール・カルダンドキュメンタリー映画を見て思ったことと、この隈研吾さんの展示を見て思ったことは、アートの意味である。ファッションそのものに意味はない。それは建築においても然りだし、絵画だって彫刻だって文学や音楽や映画だってなんの役に立たないものだ。しかし、これがもしなかったら?と考えると、その無味乾燥で無機質な社会を我々は想像できるだろうか。

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ウィッシュ・ドラゴン Wish Dragon

今週のお題「575」 映画見て 思い出される いつか来た道

 

Netflixで『ウィッシュ・ドラゴン』を鑑賞。これは日本のいつか来た道でもある。


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今回はこの映画とは少し違う話しから書こう。

昨年鑑賞した韓国映画『はちどり』や『82年生まれ、キム・ジヨン』など胸が熱くなるような傑作を見て、今年これまでに見ている映画を比べると、古い映画でポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』では、母親になるミア・ファローの恐怖を描く映画や、最近見た『クルエラ』や『ウィロビー家の子どもたち』などの一連の作品が重なり合うことを感じる。(余談だが、映画も読書もアートも、チェーンのように繋がるときがある。)

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『朝が来る』という映画もそうだし、『ネクスト・ドリーム ふたりで叶える夢』、『アンモナイトの目覚め』、『彼女』、少し違うかもしれないが『喜劇 愛妻物語』、『おもかげ』、『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』、『恋する遊園地』、『空に住む』・・・順不同で脈絡もなく支離滅裂に思えるかもしれないが、これらの映画はいずれも”女性”ではなく”母性”を意識させる映画である。

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もっと違う言い方をすると”母性の喪失”だ。いずれもここに出てくる女性たちには母性が喪失してるような気がする。土居健郎先生の『甘えの構造』を今さら持ち出すものどうかと思うが、世界から母性が失われていることで、子どもたちに”甘え”という構造が喪失しているのではないか?という仮説。都市化は母性を喪失させる。そりゃそうだ、夫婦共稼ぎで置き去りにされた子供は甘えを知らない。

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この『ウッシュ・ドラゴン』のわかりやすさは、中国の都市化で喪失する母性と父性を描く点だ。ディンには父親がいない。すこし口うるさい母親がうっとうしい。そして彼は願いを叶えるドラゴンのロンに父性を見出してゆく。問題はディンの幼馴染リナである。リナには母親が存在せず、父親も多忙で相手にしてくれない。リナが最も安らかに見えるシーンは、ディンの母親と再会したシーンではないか。彼女はこころの中にずっと母親が存在しない。目的が経済(金)となった中国社会の都市化、デジタル化が失ったものをここで描こうとしているように感じる。

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しかしそれは日本も同じ。いつかきた道である。この階段はいつか登った階段で、坂の上にはさらに長い長い「停滞(デクライン)」という坂が待っている。そしていつの時代でもこうした不安を安らげてくれるものは”母性”だったのではないか?失われた母性は失われた”甘え”でもある。『クルエラ』でも恐ろしい母親像が提示されるし、どれもこれも母親が子育てを放棄している社会を並べているように感じるのだ。

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『ウィッシュ・ドラゴン』はジャッキー・チェンがプロデューサーとなりソニーがハリウッドで作った中国映画だ。中国で先行上映されたそうだ。この映画は2人の幼馴染と龍になった王様(彼にも母性が失われている)が取り持つ親と家族の愛情物語になっていて、その傍らでジャ・ジャンクーがかねてから突きつける中国の都市化に対する懸念もやんわりと主張しようとしているようだ。楽しく見ることができる映画だが、冷静になるととても考えさせられる映画でもあった。

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動物農場 G・オーウェル

今週のお題「575」 独裁者 いつの間にやら 支持してた

まずは宮崎駿監督のインタビューをどうぞ。 → ”いま「動物農場」を公開する意味


www.youtube.com

1954年に作られた映画がリバイバルされた時のインタビューだ。

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ジョージ・オーウェルというと『1984』の作者という知識程度しかなくて、デビッド・ボウイの楽曲や映画にもなった原作者とい印象しかなく、あまり近づいてこなかった。しかし先ごろたまたま見た『ワンダーウーマン1984』と『罪の声』という映画が1984年を題材とする映画を見て、オーウェルを読もうという気になった。そのときたまた本屋で目に入ったのが、同じオーウェルの『動物農場』だった。今年の天声人語でも紹介されたらしい。

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人が運営する牧場をブタを中心とする動物が自ら運営する社会(農場)へと奪還するため人を追い出してしまう、という始まりの寓話はとても現実的だ。最初のほうに人を非難するセリフに「人は唯一生産せずに消費する生き物だ!」という宣言にドキッとする。

 

これはソビエト連邦時代のロシアを皮肉に描いたもので、人から政権を奪取したときのリーダーであるメイジャーがレーニンで、その部下たち、ナポレオンとスノーボールがスターリントロツキーに置き換えられるらしい。今はもう死語になってしまったが、ソビエト時代の共産主義社会を批判するには十分な内容になっている。

 

動物自らが農場を運営することで、人からの支配がなくなり搾取のない共産社会ができると思ったら、牛は乳搾りができなくなり、農具が使えなくなったり様々な支障がでてきてしまう。そのうち人がなんどかこの農場を攻撃してくるが、動物たちはなんとか防衛する。このあたりから自主独立国家のような農場が、自分たちの作る共産社会だけでなく、防衛や近所の農場との取引きが必要となってくることがわかってくる。そして支配者の抗争。2人の指導者が片方の指導者を追放し、いつしかプロパガンダによって事実と異なる教育を受けて独裁国家へと変化してゆく。これは世界の歴史、あるいは国家という歴史を示すのを子供にもわかりやすく示す内容だ。

 

この小説には様々なメッセージが込められているのだが、特に「報道の自由」について書かれたあとがきの部分に印象的な言葉を見つける。それはヴェルテールの言葉を引用して、

 

”私は君の言っていることが大嫌いだ。

でも君が言う権利は、命を賭けて守ろう。”

 

いま世界が大いに分断するきっかけはここにあるようだ。民主主義を守るためには全体主義の手法を用いるしかない、という自己矛盾は資本主義だろうが社会主義だろうが同じなのだ。これは当時の共産主義社会を批判したものではなく、政権が長期化することで常に民主主義は失われてゆくものだ、ということを言わんとしてるのではなかろうか。

 

そこで冒頭の575に戻る。我々はつねに”疑い”をもってその政権を見つめねばならない。いつも支配者は独裁的なのだから。

(=^・^=)

 

 

 

 

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アナザー・エナジー展 森アートミュージアム

今週のお題「575」今週のお題「575」 ”ささやかに 未来を憂う 美術館”

いつもわれながらしょうもない記事を時々掲載しているが、今この国住んでいて、自分の国の将来を憂う人がどれだけいるのだろうか。少なくとも選挙の投票率が2割で自治体の長が決まっちゃう国なんだから、8割以上の皆さんは全くこの国の将来を心配なんかしてねぇんだろうと思いますよ。


www.youtube.com

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六本木に出かけて、女性アーチストの展示を鑑賞したわけだが、このアナザー・エナジーという展示は、世界で類を見ない体験ができる素晴らしい企画だった。これは見ておかないと生涯悔やむことになるだろう。素晴らしかった。そして何が素晴らしいかというと、いずれのアーチストにも憂いがあるということだ。

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黄色いストールをつけた人々がストリートに集い、自らが虐待を感じた経験を語る。その映像を延々と流すだけの作品だが、その場に足を踏み入れた瞬間からこみ上げてくる。ここにもまた憂いがある。女性の被害体験が中心の映像だが、ある男性の話しがとても印象的だ。彼は女性をさげすむ男性を見かけて注意を促した。するとその男性は注意を促した自分(男性)に謝罪して去っていった、というのである。これが現実だ。

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エジプトのアーチストは「資本主義なんかもう終わってるわよ。」と言う。

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インドのアーチストは土に帰った死にゆくものの悲劇を示す。

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最後に三島喜美代は「情報はゴミだ」とくくっている。これが大きな意味がある。

素晴らしかった。城南島の感動は本物だった


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