dalichoko

しょうもない

激動 日本左翼史 池上彰・佐藤優 「学生運動の高揚」

第2章は学生運動の高揚。1965〜1969年の4年間のことが書かれている。戦後左翼史の中でも凝縮された時期と言えよう。

f:id:chokobostallions:20220123211959j:plain

アカシアの雨がやむとき
という歌がある。水木かおるさんが歌詞を書いた歌。
これこそ何をやっても無駄だった、という学生運動の敗北と虚無感を描いた名曲だ。
この頃、ベトナム戦争が始まる。当時、日本にもベトナム戦争野戦病院が日本にもあったそうだ。
ところでこの時代の学生運動は大きく東大と日大の運動が暴徒化する。運動の対象は東大が医学部生の無給労働、日大が使途不明金をめぐる対立などで激化する。
それぞれ1時間ものの映像が今も残る『日大闘争の記録』は見応えがある。
ここで注目するのは企業の存在だ。「日大アウシュビッツ」とまで唱われた日大が企業献金をしていた事実が明るみにでる。先ごろも日大理事長が巨額の脱税で摘発されるなど、歴史的にこの大学は不正の歴史を抱えているようだ。そして体育会系の強い日大から企業は人材を採用し、企業への忠誠を求めてゆく。闘争に敗れた新左翼は企業に飲み込まれて、次第に社会党の指示も冷え込んでゆく。
高度成長が価値観を多様化させてゆく時代である。
 
つづく・・・
 
 
 

dalichoko FC2 - にほんブログ村

貼りました。みつけてみてくださいね。

にほんブログ村 グルメブログ 日本全国食べ歩きへ

にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ

ブログサークル
ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

激動 日本左翼史 池上彰・佐藤優 「60年安保」

真説 日本左翼史』の知られざる内容を学んで、続編を迷わず購入。この後第3巻が予定されているらしい。このシリーズの大前提が「来たるべき左翼の時代」とある以上、歴史に学ばなければ明日はない。共産主義に向かうメカニズムとして、原始、奴隷、封建、資本、社会と並び、これらはいずれも成熟した状態で次の時代へと移り変わる。未来を予想するために、過去に学ぶこの本を数回にわたって紹介する。

f:id:chokobostallions:20220123211655j:plain

1、60年安保 社会・共産の対立
まず60年安保は岸信介が強引にアイゼンハワーを来日させたくて強行採決したことが引き金だったようだ。安保条約の内容そのものは国論を二分するようなものではなかった。共産党は「アメリカを追い出す」という姿勢に対し、当時の社会党は「平和革命絶対主義」で対立する。確かにこの本を読むと、当時の共産党が時として冷淡な対応をしたことに疑問が残る。一例で言うと、日教組の労働運動に共産党は「教師は聖職だから労働者ではない。」とし、あくまでも対米従属論1本で主張を曲げなかったことが野党連合に至らなかった原因ともとれる。

f:id:chokobostallions:20220123211717j:plain

特に佐藤優さんは社会党系の学生運動をされてこられた方なので、当時も今も共産党に対するアレルギーは強そうだ。それでも党として現在まで存続する結束力と規律、そしてある意味で「したたかな組織」として共産党を見ていることがうかがえる。
 
つづく・・・
 
 

dalichoko FC2 - にほんブログ村

貼りました。みつけてみてくださいね。

にほんブログ村 グルメブログ 日本全国食べ歩きへ

にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ

ブログサークル
ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

コーダ あいのうた シアン・ヘダー

え?
これあのフランス映画のリメイクなの?『エール!』の??見たはずなのに覚えていない。記録を確認すると2016年にこの映画を見ているが、全く覚えていなかった。しかし今回リメイクされた『コーダ あいのうた』を鑑賞後再度『エール!』を見直したら全く違う映画の印象だった。


www.youtube.com

ということで、今回はこの予告編にすべてが詰められてる。従ってドラマの筋書きも何もここで補足することはするまい。とにかく美しくて愛らしくて感動的な家族のお話である。感動で何度もこみ上げてくる映画なのに変わりはない。


www.youtube.com

しかし細かい点はともかく、大きく違う点をひとつだけ指摘すると、フランス版では最後に歌う楽曲が自らの旅立ちを歌うものであるのに対し、アメリカ版はジョニ・ミッチェルをぶつけてきている。「青春の光と影」”From Both Side,Now"(ジョニ・ミッチェルに言及することはここで避ける。長くなりすぎるから。)

もうこれにノックアウト。フランス版の楽曲にももちろん意味はある。聾唖者の家族から逃げるのではなく旅立ちなのだ、という意思を伝える映画。まさに家族の物語として感動を伝えるフランス版と決定的に違う部分だ。このタイトルBoth Sideこそこの映画の言わんとすることだと強く感じた。このSideとは映画では聾唖者と健常者ということになるが、世代間格差や人種、国境などのことを普遍的に感じさせる美しさと強さ。強さとはつまり主人公の決意だろう。

f:id:chokobostallions:20220123205509j:plain

歌詞の中で「I really don’t know life at all」(本当は人生のことなんか全然知らないもの)とはあまりにも謙虚だ。実はこの映画の後に、クリント・イーストウッドの『クライ・マッチョ』を鑑賞したのだが、あの映画にも同じ思想が反映されている。老いた主人公がこういう。
「若い頃はまるですべての答えを知ってる気になるが、老いとともに無知な自分を知る。気づいたときは手遅れなんだ。
この若き主人公が様々な手挟みの果てに自分の才能を生かす決意をすることの美しさをこの映画は強く印象づける。そしてフランス版では主人公が家族と硬い包容を交わして走り去ってゆくシーンで終わる。それはアメリカ版も同じように演出されている。

f:id:chokobostallions:20220123210125j:plain

しかし、アメリカ版ではこの後に決定的なワンシーンを付け加えて終えるのである。

f:id:chokobostallions:20220123210242j:plain

思えばフランス版でもアメリカ版でも共通の感動的なシーンがある。微妙に演出は違うが、音が全く消えるシーン。実はフランス版はフェイドアウトアメリカ版は突然バサッと音が消える。この瞬間は劇場でしか味わえないかもしれない。たまたまコロナ禍で控えめな客席に突如として訪れる静寂。音楽を中心とする映画だけに、この無音状態の恐ろしさを突きつけられる。

f:id:chokobostallions:20220123210508j:plain

日常から取り残されたような彼ら聾唖者にとって、娘がどれだけ素晴らしい声、素晴らしい才能があるかわからない。そんな孤立感を一瞬にして演出する。健常者に突きつける不自由さ。周囲を見回すと大勢涙を流して娘らが歌う曲に感動している、それを見てようやく娘の実力が伝わるのだ。
これはフランス版と同じような演出をしながら少しだけ強く印象付けるアメリカ版に「表現の不自由」や「語りの複数性」というこのブログでも盛んに示されてきたキーワードが滲むように折り重なる思いがする。言葉に限らず、世の中が複雑化するにつけ人から人に伝わる意思は障害が多くなる。SNSやメディアの横暴によって、本来の意思は捻じ曲げられ、特に日本においては国家が全ての表現を支配するような国に陥ってしまった。そのことを思えばなおさら、あのワンシーンに重くのしかかる感動を忘れることはできない。
 
 

dalichoko FC2 - にほんブログ村

貼りました。みつけてみてくださいね。

にほんブログ村 グルメブログ 日本全国食べ歩きへ

にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ

ブログサークル
ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

 

クライ・マッチョ クリント・イーストウッド

まだまだ現役、90歳を超えてもまだ映画作りに意欲を見せるクリント・イーストウッドの最新作。昨年の東京国際映画祭でオープニング上映された映画『クライ・マッチョ』を鑑賞。
ウィキペディアを読むとかなり昔から企画はあったそうで、なんとロバート・ミッチャムが候補だったと聞いて驚く。1980年代後半のことのようだ。ロバート・ミッチャムが80歳近くで亡くなったのが1990年代だから、おそらくこの原作のイメージは70歳ぐらいだったのではないか。その後シュワルツェネッガーで2010年頃本決まりになりかけたが、彼のスキャンダルなどで再延期となってさらに10年。なんと30年以上の時を越えてクリント・イーストウッド自らが主人公となった作品として完成したのである。

f:id:chokobostallions:20220123110047j:plain

原作者のリチャード・ナッシュは戯曲化で、ハリウッドの興隆とともに映画の脚本も書くようになり、彼の初めての小説として書かれたこのドラマも映画化を意識して書かれたもののようだ。国境を超えて少年がマッチョになってゆく姿を描くドラマ。これをシュワルツェネッガーで映画化するということは、『ターミネーター2』を彷彿とさせるものだ。過ぎた時間が様々にこのドラマを変化させてきたのだ。

f:id:chokobostallions:20220123200900j:plain

結果としてこの映画はクリント・イーストウッド私小説のようになった。それは彼のキャリアを思い起こせば誰でも気づくことができるはずだ。極めて強引に関連づけるとしたら、言葉の通じないメキシコで少年を誘拐する、これは『荒野の用心棒』と『チェンジリング』だ。とくにセルジオ・レオーネと組んだマカロニウエスタンのはしりとなった『荒野の用心棒』は、クリント・イーストウッドにとってはこの映画の主人公そのものだろう。言葉の通じないイタリアで過ごした日々がこの映画に重なっている。

f:id:chokobostallions:20220123201435j:plain

そして何よりもラスト。よぼよぼの主人公とともに愛を確かめ合うように踊るマルタに『マディソン郡の橋』を思い浮かべた方も多かろう。得も言われぬあのラストに押し寄せる感動は誰にでも理解できるものではない。老いというものと戦うマッチョ。そして老いても失われない生きることへの執念があのラストには示されている。マルタのあの笑顔もまた忘れ得ぬ美しさを放つ。老いても愛は失われないのだ。素晴らしい!
 
 
 

dalichoko FC2 - にほんブログ村

貼りました。みつけてみてくださいね。

にほんブログ村 グルメブログ 日本全国食べ歩きへ

にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ

ブログサークル
ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

 

嵐の中で オリオル・パウロ

なかなか複雑な構造の映画だ。スペイン映画の『嵐の中で』Netflix映画。

f:id:chokobostallions:20220119061639j:plain

英語タイトルのMIRAGEは蜃気楼。
1989年のある日、ビデオを撮りながら演奏するニコ少年が隣家の騒ぎを聞いて表に出る。このシーンがいきなり衝撃的だ。そして時代は変わって現代。ある幸せな家庭の女性が小さな娘とベッドで過ごしている。この2つの時代が並行して描かれる。そしてこの2つの時代と二人の人物が嵐の中で不思議な現象で交差する、という話し。
サスペンスとラブストーリーを織り交ぜ、巧妙に描かれたディテールがすごい。
詳細はこちらのブログがおすすめするが、とにかく細かい伏線がうまく最後に結びついていて驚く。
 

そして気になるのはその時代性だ。1989年11月9日から始まる物語は、翌日に崩壊するベルリンの壁、ドイツを分断していた壁が崩壊する前日に大きな嵐が吹き荒れる、という設定だ。この嵐はまさに当時の世相そのものだ。そしてそれを現代に投げかけるところに何らかの意味があるのではないかと感じさせる。同年6月に起きた天安門事件とともに歴史の節目となるこの時代をいまあらためて考える。
ここから世界は地球規模で獰猛で野獣のような資本主義、新自由主義経済でベルリンの壁崩壊前の社会主義共産主義政党を打ち砕くように世界に広がった。まるでそれはパンデミックのようだ。
そしていま、そのパンデミックで我々は喉元にナイフを突きつけられている。地球を守るための感染症と、地球をクラッシュさせる仕組みの資本主義がまさにいま衝突しているのである。この映画は、映画の中では全く語られないが、そうした社会変化を示そうとしているように感じる。
しかしドラマは後半に向けて想像もできない壮大なラブストーリーに展開してゆく。時代を超えた愛。タイムリープする二人の愛が、最後の命がけて結ばれようとするラストは衝撃だ。
 
 
 

dalichoko FC2 - にほんブログ村

貼りました。みつけてみてくださいね。

にほんブログ村 グルメブログ 日本全国食べ歩きへ

にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ

ブログサークル
ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

一宮入魂! 一之輔・宮治

昨日笑点がありましたね。
寄席で時々お見掛けする春風亭一之輔と、いまや笑点への大抜擢で話題の桂宮治の二人会。大爆笑で始まり、大爆笑で終わった。

f:id:chokobostallions:20220119070137j:plain

初めて入るよみうりホールは、1,100人も入る大きなホールだが、流線型を用いたデザインが美しい。古いけれども美しいホールだった。去年行った日生劇場もそうだったが、昨今のホールの単調なデザインではない優雅さがある。

f:id:chokobostallions:20220119070434j:plain

たまたま同じ建物にある角川シネマで映画を見たら、たまたまこのポスターを見かけて、即座にチケットを購入した。一之輔さんは寄席で何度か聞いているが、宮治さんはこれが初めて。
幕が上がるとまず一之輔が出てきて、そこに宮治が絡み合い、いきなり大爆笑。
その後、講談の前座さん神田松麻呂が宮本武蔵をやって、その後は以下の通り。
千早振る     一之輔
大工調べ        宮司
棒鱈(ぼうだら)   宮司
藪入り      一之輔
予定の20時を超える盛り上がりで盛り上がった。お客さんも大満足。
一之輔の千早振るは原型を留めない古典落語と思えないようなアレンジ。宮治の大工調べも口上では会場が大きな拍手で盛り上がる。
一之輔の息子さんの先生が来ているという話題で笑わせるなど、当意即妙なやりとりが実に面白かった。
ふたりとも天才だ。
(=^・^=)
 

dalichoko FC2 - にほんブログ村

貼りました。みつけてみてくださいね。

にほんブログ村 グルメブログ 日本全国食べ歩きへ

にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ

ブログサークル
ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

世界で一番美しい少年 クリスティアン・ペトリ

まずはこの映画を監督したクリスティアン・ペトリのインタビューが紹介されている。ここでペトリは正直にすべてのことを解説している。

f:id:chokobostallions:20220117145234j:plain


www.youtube.com

ペトリはとても知的で冷静にこの映画についていくつかのインタビューで語っていて、ひとことでこの映画を「美への強迫観念」とくくっている。ヴィスコンティがもらしたタイトルの言葉だけが独り歩きして、一人の少年の人生をとてつもなく高みに押し上げ転落させる。名声が極めて危険なもので、その破壊のメカニズムをこの映画で示しているのだ。また、『ミッドサマー』で”崖から飛び降りる老人”を演じたのは偶然ではなく、名声を得て死ぬほど苦悩した少年のが『ベニスに死す』と呼応することのメタファーではないかと語っている。考えてみればアッシェンバッハが海辺で感染病にかかって死ぬことと、ミッドサマーが崖の高いところから老人が飛び降りて死ぬことは、広く考えれば同じだ。

f:id:chokobostallions:20220117145248j:plain

人生の破滅がコインの裏表のように背中合わせであることは、どんな場合でもありうることだ。日本に来日して金目当ての資本が美しい少年を消費するまでの軌跡と、その後の転落しゆく人生の反転は、まさにペトリがいう「破壊」そのものだ。

f:id:chokobostallions:20220117145300j:plain

この映画はあらゆる意味でドラマチックに構成されている。そして彼が振り返ってみる自分が少年だったころのことがラストシーンに示される。彼が残した痕跡としての『ベニスに死す』は、まさに死を捉える傑作だが、主人公のアッシェンバッハを破壊し、死へといざなった少年が老人になって自分がたたずんだあの海を見るという残酷なシーンで終わる。しかしこの残酷なシーンのわずかなショットが、実はこの映画が「生きること」への希望を示すものであることを知らせてくれる。ここはヴィスコンティの『ベニスに死す』と見比べて頂きたい。
 
KINENOTEに残したレビューはこちら。『世界で一番美しい少年
(=^・^=)
 

dalichoko FC2 - にほんブログ村

貼りました。みつけてみてくださいね。

にほんブログ村 グルメブログ 日本全国食べ歩きへ

にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ

ブログサークル
ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!