dalichoko

しょうもない

ノマドランド Nomadland

素晴らしい映画だった。『ノマドランド』はこれまで見たことのない世界。映画なのかドキュメンタリーなのか、これはいったい何なのか?Nomadland

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冒頭のテロップは衝撃だ。ある街の企業が不況で倒産して、地図から”郵便番号が消される”という恐ろしい事実を伝える。
家と夫を失ったファーン(フランシス・マクドーマンド)が放浪しながら行く街で臨時の職業で働いて、次の街へと進んでゆく。そのときに写されるアメリカの大地と自然がときに希望をほのめかし、ときに残酷に押し寄せてくる。
ときは2010年頃の話。ここがポイントだ。
それは2008年のリーマンショックアメリカ全土の不動産を始めとする資産をクラッシュさせた。そのおかげで仕事(教師)を失い過酷な労働をしながら転々と車で移動する。これらの生活社をノマドというようだ。

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ケン・ローチのアプローチとは少し印象を変えつつも、極めて芸術的にアメリカのラストベルトから派生する貧困とその原因を示している。まるで『フラガール』のような経済損失は、街全体を喪失させてしまうという現実。かといってこうしたアメリカの実情を必ずしも悲劇的に描いているわけではない。

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なんとこの映画でプロの俳優はこの二人だけで、あとは実在するノマドたちとともに過ごす日々が描かれている。

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ノマドの支援者であるボブという穏やかな人物の告白。「自分の息子が自殺してたことをきっかけにノマドを支援することにした。人は貨幣経済に巻き込まれているが、それが人生ではない。」というようなことを語るシーンが感動的だ。まるで『ムヒカ 世界でいちばん貧しい国から日本人へ』を連想する。

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これは映画館で見るべき映画である。
この風景の中で静かな静かな映像と光、これらを受け入れるためには、可能なかぎり大きな映画館で鑑賞することでより一層感動が高まるものだろう。
アカデミー賞に新しいジャンルが生まれたのかもしれない。
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サンダーフォース -正義のスーパーヒロインズ-

夫唱婦随。
ベン・ファルコーンが奥さんのメリッサ・マッカーシーを主演にしたスーパーヒーロー映画『サンダーフォース』。いつもの通りしょうもないギャグ連発のしょうもない映画だ。正直言うとこの耐え難いしょうもなさにも最近次第に慣れてきて、少し前に見た『ザ・キッチン』というDCコミックス系の映画などはメリッサの別の面を感じさせた。

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しかも今回は、オクタビア・スペンサーとの共演ということで、この二人が出ているというだけで見逃すわけにはいかない。
 
物語は幼馴染のガリ勉黒人女性とおおらかな白人女性が大人になってスーパーヒーローとなり、悪と戦うという話。極めて単純でばかっぽい話。科学の進化で肉体を改造して、スーパーパワーを手に入れたメリッサ演じるリディアと、開発して今は大金持ちのエミリー。エミリーは透明人間になる技を得る。しかも彼女の娘は目に見えない俊足で・・・と聞けば『Mr.インクレディブル』のパクリなのは明らか。

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敵にはシカゴ市長選候補とその部下たち。部下の中には手がカニのハサミになった男がいて、これはヒュー・ジャックマンの当たり役『XーMEN』シリーズ『ウルヴァリン』そのまんまである。このしょうもなくもしょうもない映画だが、敵役の市長候補が超能力を持って市民を支配しようとする、という展開はこれ、まさにドナルド・トランプを意識しているとしか思えない。簡単に言うと、トランプを黒人と白人の女性がやっつける、という構図になっている。

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日本史の探偵手帳 磯田道史著

武士の家計簿』という名著は森田芳光監督により映画になった。(森田監督についてはいつかまた書こう。)『殿、利息でござる!』もまた磯田氏の原作がベースになっているようだ。実に面白かった。武士の年収を現在価値に代え、江戸末期の武士が収入の2倍の借金を抱え、高利の支払い続けていたことが示されていた。(江戸幕府は下級武士の力をそぎ落とすことで維持されてきたのである。)しかしこれ、奴隷のように会社に帰属するサラリーマン家庭と何ら変わりない。

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原作者の磯田道史氏は浜松在住で親近感がある。そして『武士の家計簿』などの著書が示すとおり、磯田氏は徹底して江戸時代以前の経済を現在価値に置き換えて検証している。そこが最も面白い。4章からなるこの本で最も惹きつけられたのは第1章の部分で、経済を掘り下げることで日本社会そのものを読み解こうとしている点が魅力的だ。

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家制度が中心の社会は世襲で何もかもが決まっているため、何の努力をしなくても武士は武士となる。だから制度が変わった頃、武士は農業も商業もままならず大変な苦労をしたらしく、危機の時代に彼らが努めたのは「教育力」だった、というのは納得できる。家督制度でなくても、現行の官僚主義的な仕組みは、いつなんどき崩壊して価値観が変わるかわからない。ただ単に時間で仕事に拘束されて「のほほーん」と過ごしてきた時代は、コロナで広まったテレワークの普及で、さらに業績一途の社会、あるいはジョブ型雇用の時代へと突き進むことだろう。

 

ダグラス・ノースの「経路依存」という著書からの引用で「経済制度は、前の制度にとらわれながらしか発展しない。」といい、官僚制度に対しては「国家は時代ごとに湯水の如く金を喰う部門を持つ。」と示している点が面白い。荻原重秀の経済政策を、現在の日銀に照らしているのも読みごたえがあった。当時の財政政策は、寺の建立だったらしい。寺という公共事業を広めることで、雇用を生み出したり流動性を高めたりしたらしい。荻原重秀の「金銀は神ではない。国家の信用が神」という言葉はうんちくがある。

書き出すと止まらない、実に面白い本。幕末から第二次世界大戦まで、日本のエリートがなぜ誤った方向に舵をきったか?などについても言及されていてとても面白かった。(=^・^=)

 

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フェアウェル

 
改装して新しくなった早稲田松竹で映画を見るのははじめてだ。

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実に素晴らしい映画館だ。チケットは当日券でしか買えないのだが、このアナログ感もまた悪くない。2本続けて見ると2,000円。1本1,300円でこの施設なら悪くない。

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そして鑑賞した映画も素晴らしかった。アメリカ在住の中国人女性監督による、ご自身の体験した物語。群像劇である。

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冒頭にこの映画が嘘に基づく本当の話であることが示される。この嘘とは、余命3ヶ月を告げられた祖母に嘘をつきとおすコメディ。おばあちゃんのフェアウェルパーティを開きたいが、本人に本当のことは言えないので、甥と日本人女性の結婚式と嘘をついて大勢の思い出にしようとする。

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ここで中国とアメリカの違いが問題となる。主人公の家族はアメリカで成功している。そして余命宣告は本人に告げるのがスタンダードだ。しかし中国では最後まで宣告しないことになっている。

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とにかく食事のシーンが多くて、午前中鑑賞してたら急激にお腹がすいてきた。中国の冠婚葬祭がいかに派手で剛性かというのもこの映画の見どころだ。

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背景にかかる音楽や、中米の価値観の相違などを客観的に見ることができて面白い。英語と中国語が飛び交う映画でもあり、見どころは多い。

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ここ早稲田松竹でもブレッソンの特集が組まれ、渋谷では大島渚の特集も予定されているらしい。国立映画アーカイブでもユニークな特集が予定されていて、春先に映画クラシックを楽しむのもまたいいだろう。いずれも楽しみだ。特に大島渚は再考されていい。
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忘れられた皇軍

渋谷のシネマヴェーラ大島渚の特集がある。
その前に・・・
TIFFに昨年創設された「大島渚賞」の受賞作が、今年は「該当なし」だった、という極めて正しい対応をされた審査員の皆さんに敬意を示したい。

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このブログでも何度か書いているが、もう日本映画は終わった。まだテレビが普及して観客が映画館から離れていった1970年代以降のほうがマシだ。大島渚がなかなか映画を撮れずに苦しんだ1970年代から、映画業界斜陽の時期。そして現代へとくると、もう日本映画に価値はない。キネ旬ベストテンもろくな作品はない。これらの文脈の先に「該当なし」が結果として示されるのだ。
 
そういう思いを抱きつつ、この『忘れられた皇軍』というドキュメンタリーを見て息苦しくなってくる。

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この映画のことを大島渚が「イメージフォーラム」という雑誌の自伝的な寄稿の中で、「カメラがもっと寄れ」と言っていた。日本のため、天皇陛下のために戦った在日韓国人。目も見えない、腕も足もない、そんな彼らが補償を求めて国に詰め寄る。目の前を吉田茂が素通りする。しかし日本政府は彼らが日本人ではないとして韓国大使館を訪ねるように伝える。しかし韓国大使館もまた「あなたたちは日本のために戦ったのだから、日本から補償を受けるべきだ」と追い返される。彼らは存在のない者として社会から捨て置かれるのだ。『存在のない子供たち』というレバノン映画があったが、あれもテーマは同じだ。

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街頭演説をした帰りに仲間となけなしの金で酒をのみ、そのうち大喧嘩になる。そして行き場を失った怒りにまかせて、目の見えない瞼からぼろぼろと涙を流すのだ。

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小松方正のナレーションで「彼らを直視できるか!」と絶叫する。このときのことを大島渚が書いていて、さすがに気の毒な彼らにカメラマンが怖気づいて尻込みするところを、大島がカメラマンの尻を蹴飛ばして、「カメラがもっと寄れ」と怒鳴った、というエピソードを紹介している。カメラはときに人物だけでなく、その人の人生そのもを映し出すときがある。この映画はそうした側面をも我々に伝えようとしているように思える。
 
このような映画を目の当たりにすると、戦うことを避けて映画を作る予定調和で平和的な結末を描こうとばかりする愚かで平和ボケした日本映画の末路を心苦しく思う。
 
何度も言うが、もう日本映画をおしまいだ。それは日本人がすべて政治によって骨抜きにされたことを意味する。日本映画の終焉は、日本の崩壊を示しているのである。

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コントラ KONTORA

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どう説明すればいいのか。とにかく素晴らしいとしか言いようがない。ある先入観や予備知識をもってこの映画を見るのはやめたほうがいいかもしれない。最初のシーンから最後のシーンまで、2時間半近い映画であるにもかかわらず、全く飽きることがない、とてつもない映画であった。驚いた。

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場所は新宿、Ks Cinema 初めての劇場だ。

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小さな劇場だが、新しくてきれい。そしてなんとなく映画好きが集まる雰囲気が実にいい。

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映画はこうだ。
田舎の女子高生と同居するおじいさんが亡くなる。その時手にしていた手帳を彼女が読み返すうちにドラマが進んでゆく。平行して、家族を失った男、この男は延々後ろ向きに歩く。ノーランの『テネット』のようなデジタル映像ではなく、ぼろぼろになり車にぶつかりながらも後ろ向きに歩く、歩く、歩く。

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この二人が交差して、片田舎の寒々とした家族の関係に不思議な変化をもたらしていく。もやもやした関係、例えば少女の父親と親戚の関係など、いかにも田舎にありそうなどろどろした社会を写しつつ、この少女は父親との関係がうまくいっていない。しかも母親もいない。

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この映画は、戦争、第二次世界大戦をダイレクトに突き刺している。その当時、戦時中に祖父が思い描いた日記やそこに描かれた絵の美しさ。人が人を殺し合う戦争とは裏腹に、祖父の心根の優しさがにじみ出る日記。その中に、山に隠されたものを巡って親戚が争いあい対立する。それを阻止しようとして自ら頭を石で殴りつける後ろ歩きをする男。彼がこのあと頭に巻く包帯の姿は特攻隊そのものだ。
 

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我々はもちろん戦争を知らない。

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しかしこの映画の監アンシュル・チョウハンはインド人で、彼もまた戦争を知らない。しかし知らなくても言い伝えを聞いたり想像したりすることは可能だ。祖父が赴いた戦場の悲惨さを想像することはできるだろう。
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サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ- Sound of Metal

サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ- 

 

ミュージシャンが音を失うというとベートーヴェンが思いつくが、この映画はそう短絡的ではない、もっと現代的だ。男は身寄りがない。女はフランス生まれのようだ。二人は同じバンドにいて、キャンピングカーで流浪の生活をしている。男はドラマーだ。

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しかし彼は次第に聴力を失い、完全に何も聞こえなくなる。彼女は彼を施設に入れようとするが、彼は自分の聴力を取り戻したい。インプラントという非保険対象で高額な手術を受けたいが金がない。仕方なく彼は同じ境遇にある教会が支援する施設に入所する。

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ここでも彼は葛藤する。どうしても施設に馴染めない。自分が聴力を失ったこととに納得しない。もともと彼はドラッグに依存していて、それから脱却するために音楽を始めたのに、また障害が立ちふさがる。それを怒りに任せてイライラしていると、施設のリーダーが「早起きしてコーヒーを飲みながら気持ちをノートに描いてごらんなさい。」と諭される。アンガーマネジメントだ。

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なんとか子どもたちとの交流や施設のリーダーの温かい支援のおかげで手話を覚え、一定程度聴力がなくても生活できるようになってくる。このくだりは感動的だ。聴覚に限らず、なにか障害を持つ人々の影で優しく見守る人がいる。しかし彼はどうしても聴覚と取り戻したい。そして車や楽器を売ってインプラント手術を受けることにする。

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そのことを施設のリーダーに告白して、機器が耳に装着されるまで施設にとどまらせてほしいと懇願するが、リーダーはやんわりとそれを断る。施設は障害とともに生きる人達の施設で、その理念を守らないと支援を打ち切られるからだ。こういう表現はリアルだ。現実にはこうした施設も一定の支援がないと成り立たないことをはっきり示すところに好感がもてる。この施設のリーダーをポール・レイシーという方が演じていてとても印象的だ。彼は本当彼の父母が難聴で手話や読唇術を子供の頃から身につけたらしい。優しさがにじみでている。

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施設を飛び出した彼は彼女を追って、彼女の実家フランスに赴く。するとなんと彼女の父親約マチュー・アマルリック

でびっくり。ハリウッド映画でもおなじみのフランス人。彼は機械をつけてフランスまで行き、彼女との愛を取り戻そうとするがうまくいかない。パーティに出ても機械の音は本当の音ではなく、脳に刺激を与えるだけの機械音だ。

 

苛立ちの中、彼は彼女と過ごしたベッドを去り、街にでる。しかし街の喧騒もまた苦痛だ。教会の鐘の音すらも雑音でしかない。苦しくなって彼は最後に耳元から機械をとりはずす。

 


SOUND OF METAL Clip - "Can't Hear Anything" (2020) Riz Ahmed

 

これは単に音が聞こえない、という話とは違う。まずこの主人公の男女に大きな格差があることが最後示される。二人で夢を追いかけていた頃は貧しい生活も苦にならないが、一度歯車が狂いはじめると最後は自分の生まれ育ちに遡る。愛は盲目だが、どうも時に難聴になるらしい。何も聞こえなくなる。しかし本当に音を失った時、この格差という隔たりは埋められない。そんな現実がにじみ出る。

 

もうひとつ。

 

雑音は音だけではない。こうして文字を追っていても、役に立たないムダな記事やニュースが多い。目や耳を覆いたくなるような悲惨な現実やそれをごまかして伝えようとするフェイクニュース。この映画の主人公は耳の機械を取り外し静寂の中、まわりの風景を見渡す。ラストの素晴らしいシーンだ。それまでとは違う美しい風景が彼の目に飛び込んでくる。喧騒を避けて、目で見る風景の美しさ。五感のひとつを失ってもほかの機能が残されていれば補うことができる。何より人には”心”と称する脳から派生する感情が残されていて、どんな逆境でも感性を揺り動かすことができるのだ。

 

映画もネットも雑音だらけだ。外に出れば雑音。施設のリーダーが「朝の5時に起きて自分の感情をノートに書いて。」と伝えたのは、その静けさの中で自分に向かい合い、本当の自分を取り戻す手助けをしようとしたことが最後のわかってくる。『ホモ・サピエンスの涙』映画があった。全く音楽が流れない。生活音だけで表現する映画。この映画が新鮮に感じるのは、あまりにも余分な音楽や音響で見る側の感情を揺さぶろうという意図的な映画やドラマが多すぎるからだ。

 

社会の喧騒を離れて自分を見つめ直すのに、うってつけの素晴らしい映画だったと思う。(=^・^=)

 

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