dalichoko

しょうもない

破局 遠野遙著(第163回芥川賞)

大学ラグビー最終年のエリート大学生が女子と付き合いはじめてから”破局”を迎えるまでの一連の経過を淡々と描く。見えないジレンマが主人公に存在する。
このラガーマンは筋力を維持するために体を鍛えながら公務員試験の勉強を重ねる。しかしこの小説の中心には常にセックスがある。性的な表現が全体を覆う。例えば陰毛が捨てられるまでの細かい描写などが印象的だ。作者本人が言うように、夏目漱石を参考にしたという表現が面白い。『坊っちゃん』や『吾輩は猫である』なとの言い回しが確かに感じられる。
主人公(陽介)にはもともと付き合っている女性(麻衣子)がいたが、彼女が政治家の秘書として忙しくなって、その間に新入生(灯・あかり)の女性に気持ちが動いてゆく。いずれの女性に対しても激しいセックスをする。特に経験の浅い新入生の灯がどんどん女性として成長してゆく途中、訳あって以前付き合っていた麻衣子を家の入れてしまい、ここでも陽介は成り行きで麻衣子と関係してしまう。
のちにこのことを知った灯が突然態度を改めて、陽介と別れるシーンがラスト。灯を追う途中すれ違いざまに体がぶつかった男を殴り倒し警察に取り押さえられる。取り押さえされた地面から空を見上げると、その中に灯がいた、というような終わり。
 
あらすじだけ伝えても面白くない。
 
このラガーマンのあまりに潔癖な性格の主人公が一人称で語る物語は、客観性がほとんどない。そして彼は一見世間からまともに見られていながら、その内実は破綻している。客観性を維持するあまり、内面が崩壊していることに気づかない。このあたりは多くの人に共通するトラウマであれジレンマではないだろうか。若い方によくあること。あるいは自分にもこの状態がかつてあった。もしかしたら今もあるかもしれない。だから、この主人公は誰かと話をしていても全く別のことを考えたりしている。そして考えに考えを重ね、自らを納得させている。
 
著者も自分で言うように、陽介と灯が傘をさすシーンの一連の表現はとてもいい。寒い北海道旅行で陽介は灯に温かい飲み物を買おうと自動販売機を探すが冷たい飲み物しかなくて涙を流し始める。強靭な肉体を持ち、つねに前向きで完璧な主人公が涙を流すこのシーンに真実が隠されている。
とてもおもしろかった。これからの著者の活躍を期待したい。
(=^・^=)
 
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