草思社文庫から2016年8月8日に初版として出された本。
黒澤組最後の生き残りとされる
野上照代さんの本。実にユニークで面白い本だった。

かねて野上さんが出された『天気待ち』と『もう一度天気待ち』の2作のエッセイをまとめた本だが、実にうまく構成されていて、一部に同じ話しは重なるのだが、読書中に思わず声をあげてわらってしまったり、じわじわ涙が出てきたりと、とにかくこの本を手にしている間、ずっと楽しくて嬉しくて、ああ、それはあの
黒澤明監督と同じ時間を体現したような気持ちであろうか。

これまで聞いたことのある話題も多いが、この本は何より
野上照代さん自身のことが露わに書かれている。黒澤監督にいつも付き添っていた野上さんのことは誰もが知っているが、彼女のキャリアや本当の仕事についてはあまり知らない。

野上さんは脚本家で映画監督の
伊丹万作さんの『
赤西蠣太』を見て感動して、伊丹さんにファンレターを送り続けたことが縁で、映画会に足を踏み入れる。そして
伊丹万作はあの『
お葬式』や『
マルサの女』の監督の
伊丹十三さんの父親である。万作は病弱で早逝し、その時少年だった十三を野上さんは一時引き取って、一緒に生活していた時期もあったようだ。
大映京都
太秦時代。(余談だが、京都に度々旅行した名古屋転勤中に
太秦も行くべきだったと後悔している。後悔先に立たず。)

野上さんの仕事は
スクリプター(記録係)である。しかしその中身を我々はほとんど知らない。なぜ野上さんがいつも監督の横にいるかというと、彼女は映画のシーンとシーンのつなぎに不自然なところがないかを記録して映画が筋の通った1本の作品となるように常に見ている(監督しているといってもいいかもしれない)立場なのだ。

人物が背負う荷物の肩掛けの位置がカットの後と前で右と左の逆だった、というようなことはしょっちゅうあることだそうで、黒澤監督はこういうミスを絶対に許さない人なので、間違えては何度も撮り直しをしたエピソードなども赤裸々に披露されている。とくに間違いに気づいたときのストレスは大きかったろう。
野上さんと黒澤さんの出会いは、
大映京都
太秦に『
羅生門』を撮りに黒澤組がやってきて以来だ。それから野上さんはずっと黒澤さんに付きそうことになる。ここから黒澤さんが亡くなるまでの夢のようなエピソードが満載。それも堅苦しくなく、面白おかしく描写されているのがいい。
三船敏郎さんがとても配慮をする方で、その反動でアルコールを飲むと荒れまくることや、『
影武者』の
勝新太郎降板のエピソードなど、どれも臨場感たっぷり(そりゃその場にいたんだからね)に表現される。中でも
ソビエト連邦で撮影された極寒の『
デルス・ウザーラ』のエピソードはあまりほかでは知ることのできない内容だ。
『
八月の狂詩曲』のアリの行列、『
夢』で
ゴッホの絵から本物のカラスが飛び立つシーンや、『
デルス・ウザーラ』の野生のトラなど、動物や昆虫を画面の中心に据えるシーンに至るまでの長い長い準備期間の苦労など、映画が今と違って、
機械的に作ることができない手作りアナログ時代にどれだけの労力をかけたかを知ることができる。
クロサワファンに限らず、映画ファンなら、映画の歴史を知るためにその史実を知るためにぜひご一読いただきたい本だ。エッセイだからどこからでも読めるし、リーズナブルな楽しい本だ。
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