dalichoko

しょうもない

Swallow スワロウ

 
 
美しい映画だった。とにかく美しい。主人公のヘイリー・ベネットが美しいというだけでなく、ありとあらゆるシーンが美しい素晴らしい映画。映画館の大きなスクリーンに小さなビー玉や画鋲がこれほどまでに大写しにされたことがあっただろうか?その見事な接写にまずは圧倒される。大自然の美しさ。物が光に溢れる美しさ。鏡に写る物質の美しさに人の表情。ヘイリー・ベネットのどアップが幾度となく映し出される。彼女の健気で美しくそして寂しげな表情、その瞳と唇が大画面に写される奇跡。これぞ芸術だ。

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しかし内容は彼女の美しさとは無縁である。
むしろ悲惨な彼女の内面を絞り出すような悲しい映画だ。なぜ彼女がそれほどまでに虐げられることになったのか?彼女の奇行と彼女を取り巻く環境と生い立ちがじわじわ映画の後半に進むに従って明らかにされてゆく。

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彼女が追い詰められた理由(わけ)を察するに従って、お腹に子供を抱えた母親の孤独が浮き彫りになる。しかしマタニティーブルーを描くだけの映画にとどまらないスケールが後半に押し寄せる。彼女の奇行を心配して、家族が呼び寄せたお手伝い(という名の監視者)がシリア人であることが、この映画の本質を解くカギとなっている。映画の中でそのことは具体的に触れられることはない。しかしシリア出身のこの人物の行動が主人公の女性の苦悩を代弁するのである。

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なんという残酷な現実。
世界はまだまだ分断されている。いや分断した原因はどこにあるのか?
複雑な環境を掘り下げるには余りある傑作である。
そしてヘイリー・ベネットの素晴らしい演技。彼女の表情を追いかけるだけでも十分価値のある映画だ。
(=^・^=)
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すばらしき世界

西川美和監督の『すばらしき世界』を初日に鑑賞することができた。
素晴らしい映画だった。

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兎にも角にも役所広司さんの演じる純粋そのものの三上という人物がかわいらしく魅力的だ。九州出身で直情型のこの男はまるで寅さんだ。彼は人生のほとんどを刑務所で過ごしている。そしてシャバに出てきて職に就こうと努力するが噛み合わない。失効した運転免許をとろうとするシーンは劇場を大爆笑に包む。

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そして彼は真正直だ。通りがかりに会社員がヤクザに脅かされているのを見過ごせない。そしてまた暴力に訴えるという悪循環を繰り返す。彼の生い立ちは私生児として身ごもった母親にも捨てられた子。この少年が大人になって就く仕事は限られる。そして言うまでもなく貧困の唯一(といっていい)受け入れ先はどこか?

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正直に生きることの難しさ。逆説的にいうと誰も正直に生きていない。この主人公のように。見る側はこの愛らしくも耐えられない直情型の主人公に同情はできても彼のように生きられないジレンマを感じながらドラマを追い続けるはめになる映画だ。

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この彼を取材してドキュメンタリーにしようとするメディアもまた冷酷だ。正直な彼が母親と再会するドラマを演出しようとするが、思うようにならない。実在の人物を描くこの映画は、この人物をめぐるそれぞれの内実を深くえぐる傑作だ。本人を置き去りに、それを伝えようとするメディア。彼を支援しようとする人たち。そしてこの映画を見る我々もまた三上という人物を肯定も否定もできないという恐怖。

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それでも我々はこれを笑って見過ごす以外に生きる道はないのだろうか。
(=^・^=)
 
 
 
 
 

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薄氷 Bajocero

例年だと年末年始はDVDをごっそり借りてきて見過ごした映画や懐かしい映画を終日見たり、映画館に行って一日3本とか映画鑑賞する日々なのだが、コロナの影響もあってかトレンドが変わってきた。まずレンタルしなくなって、かわりにNetflix鑑賞することが多い。多いというかもうしばらく家の前のレンタルショップに行ったことがない。(レンタルショップのラインナップも弱いのだが・・・)

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ということで今日は朝からこの映画『薄氷』というスペインのサスペンス映画を鑑賞。スペイン語の原題は”Bajocero”。氷点下という意味だろうか。とにかく寒い。凍えそうな寒さの中ドラマは展開する。護送車という密室の中で起こる人間ドラマとも言える。密室状態映画だと、『ダイハード』や『スピード』、あるいは『新感染 ファイナル・エクスプレス』が連想されるが、犯罪者を運ぶ護送車が舞台となる映画ってあったろうか。ある意味新鮮だ。

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護送車を運転する警察官が主役なのだが、オープニングは泥だらけの雨の中の暴行シーンで始まる。この意味は後半にならないとまるでわからない。直後にこの警察官の可愛らしい娘が出てきたりしてこれもまた暗示的だ。護送が始まり緊張が走るなか、途中で護送車を先導するパトカーが霧の中で消えるなどのシーンが積み重ねられ、護送車の中はとんでもない事態となってくる。

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密室劇の面白さは人物の背景が次第に見えてくるところだろう。この変化。ときに立場が変化してゆく過程を覗くのがとてつもなく面白い。『12人の怒れる男』もそうだった。護送する側と運ばれる側との対立の中で様々な人間模様が描かれる。

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ここに第三者が現れる。護送車を狙う外部からの攻撃。当然内部は大パニックになる。護送車がパンクし、外から突然銃撃される。そしてガソリンをまかれ、死者がでるほどの大騒ぎになってゆく。最初は対立していた警察と犯罪者が外部からの敵と対峙するはめになる。日本語のタイトル『薄氷』は最後の重要なポイントとなって出てくるのだが、これもまた衝撃的だ。『タイタニック』のあのシーンを思わせる息詰まる展開。

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ドラマそのものも面白いし、展開が次々と変化して実に面白い映画だ。

しかし、ことはどうもそう簡単ではなさそうだ。この最後の銃撃戦で語られる動機がやや唐突な気がして調べたら、どうもスペイン国内で大きな暴動になったある裁判の判決がこの映画が作られるきっかけになったようだ。”集団強姦は無罪”という判決にスペイン全土で猛抗議運動が広がったことがこの映画のベースにはある。

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単純にアクションサスペンスとして楽しめる映画ではあるが、どうやらスペインという国内事情、ひいてはラティーノの世界に蔓延する情熱が暴力へと変化してゆくジレンマをこの映画で示そうとしているフシがある。意味深で意義深い映画だ。弱者とその家族がどこかで悲しい思いをしている。日本にだって同じようなことがあるだろう。上級国民の交通事故だって、この映画と同じことを示しているとはいえないだろうか。

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時の面影 The Dig

 
 
朝起きてスイッチを入れてキャリー・マリガンが出てる映画と知ってほかの予定をキャンセルして一気に見てしまった。実話に基づく物語。
ドイツとの戦争を直前に控えたイギリスの郊外。夫を亡くし残された妻(キャリー・マリガン)と息子の住む広大な敷地で展開する発掘作業。そこから発掘されるバイキング時代以前のアングロ・サクソンの時代に芸術と文化が存在したことが立証される、という物語。その発掘に寄与する人物がレイフ・ファインズ演じるバジル・ブラウン。この人物はごく最近まで全く無名だったが、この歴史的発掘をした人物として長い時を経て脚光を浴びることになったようだ。

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このように書くとまるで味気ない話しだが、実はとても奥が深い。まず主人公のキャリー・マリガン演じる貴婦人は病魔に侵されていて余命がない。そんな中、この大事業をリードする。そして発掘作業を命じた人物が名もなき採掘者バジル・ブラウン。冒頭のいくつかの美しいシーンでバジルが自転車に乗ってこの敷地に入るシーンが実に美しい。この初老の紳士が採掘する姿勢に感動する。英国紳士は貧しくても紳士だ。採掘作業もネクタイをしている。戦争が近づく環境でありながら、この城に従事する人物たちの毅然とした態度の見事さ。英国の階級社会を強く印象づける。採掘中にバジルが生き埋めになるシーンには驚かされた。ここで話しが終わるのかと心配するほどの衝撃。

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途中、この採掘作業が大事業であることが知れると、大英博物館から専門家がやってきてバジルらの作業を邪魔しはじめる。これが国家的な事業であり、当時の歴史を塗り替える大事件だったのだ。そしてそのメンバーに若い夫婦がいて、その一人がなんとリリー・ジェームスだった。キャリー・マリガンとリリー・ジェームスの共演と聞くだけでこの映画の価値は上がるが、物語もまたイギリス映画らしく複雑だ。リリー・ジェームスの夫は採掘仲間とゲイの関係にあることに気づき孤独に陥る。それを救うのがレイフ・ファインズ演じるバジルであり、キャリー・マリガン演じるミセス・プリティの弟ロバートだ。彼女と彼が恋におちてゆく。

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この大事業に並行して戦争状態はいよいよ進み開戦へと向かう。ロバートは空軍に入隊し、リリー・ジェームス演じるペギーと別れを惜しむ。ロバートが撮り続けた写真が最後にテーブルいっぱいに並べられて感動する。この物語は必ずしもハッピーではない。戦争とう状態を想像すれば、出会いはむしろ悲劇的だ。報われぬ恋。残り少ない命のはかなさ。こうした目に見えない”状態”をこの映画は美しい映像で包み込む。それはまるでテレンス・マリックの『名もなき生涯』を思わせる。この映画にもマリックが多様するマジックアワーと思しき自然光のような美しさが画面に溢れ出す。この美しい映像が歴史の影に隠れた名もなき人々に優しく光を照らすようだ。

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この映像を見てテレンス・マリックを連想したことで、いまこの映画がリリースされた重要な意味が伝わってくる。今まさに我々は世界中を襲うウィルスという戦時下にある。その中で密やかに愛しあう人々の姿に救いを示そうとしているのではないか。少年は母親の命が短いことを知っていて夜も眠れない。バジルはその少年に「人は必ず失敗する」と諭すシーンもまた感動的な。否定も肯定もしないバジルの姿勢は自らの執念深い採掘作業の歴史が失敗だらけだったことを吐露しているようだ。そして人類もまた何度も同じ失敗を繰り返す。

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とにかく俳優がどれも素晴らしい。そして美しい。キャリー・マリガンの老いを感じさせるような病的な演技や、レイフ・ファインズに包容力ある演技などどれも素晴らしいが、バジルの妻モニカ・ドランの田舎の奥さんぶりが最も印象的だった。採掘に命がけの夫に嫌味も言わず健気に励ます姿勢にもまた感動する。
 

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ザ・ホワイトタイガー The White Tiger

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まず俳優のことだが、主人公のアダーシュ・ゴーラブはまだ日本では無名の若手だが、ミュージシャンだ。映画の中では彼の音楽的才能が少し垣間見えるシーンがあるが、そこはこの映画の軸ではない。この映画を通して一人の若者の複雑な人生を見事に演じている。そしてこの主人公を脇で固める俳優がとにかくすごい。海外留学経験を経て親の仕事を手伝うはめになる大富豪の息子を演じるのがラージクマール・ラーオ。見覚えがあると思ったら、このブログでも紹介した『LUDO ~4つの物語~』に重要な役で出ていた。そしてなんといってもプリヤンカー・チョープラー。まさかと思ったら本当に彼女だったので驚いた。ボリウッドの大スターシャー・ルク・カーンとの共演でトップ女優となった彼女は今やインドで最も稼ぐ女優だ。ディーピカー・パードゥコーン主演の『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』が懐かしい。

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良くも悪くもこの映画は彼女が大きなポイントとなっている。映画の冒頭でマハラジャの格好をした主人公。酒に酔って運転する彼女の大富豪のドラ息子。その彼女が運転する車が・・・・

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という強烈なシーンから始まり、ドラマは主人公のセレブ青年が中国の温家宝首相(当時)のメールを送るシーンで回顧されてゆく。世界最大の人口を誇る中国に、世界第2位人口のインド人がすり寄ってゆく。ここではすでにアメリカは無視されている。あくまでも経済大国としての道を突き進む中国の下請け(アウトソーシング)を狙う。貧しい村で虐げられた日々を送る主人公のサクセスストーリーではあるが、ことはそう簡単ではない。貧しさから脱する過程で、インドという国がどういう国であるかが問われてゆく。世界で最も民主的な国、という言葉が空回りする。貧しくても犯罪が起こらない国インド。

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インドのカースト制度を極めてわかりやすく2分類するあたりが面白い。腹が出ているか出ていないかが貧富の見分け方だ。そしてインドの99%以上が鶏のようにカゴの中で生活しているから、カゴの外に出されても何もできない。犯罪的なことを考えるゆとりもなく死んでゆく。主人公は自分がどうしたら金持ちになって大家族を養えるかを考えるが、そこにはインドの大きな格差という壁がある。彼は子供の頃から学問ができて、教師から”ホワイトタイガーだ”と言われ、自分の才能をそれなりに信じている。

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ここは見ていて胸が痛くなるところだ。まるで日本と同じ。なんら変わりない。インドが都市化と中産階級化を進める過程と、そのジレンマに陥っている日本はコインの表と裏だ。いま日本が貧困国の最先端にいることをほとんどの日本人は知らない。まさにこの映画の鳥カゴ現象と同じだ。この”気づかない”ことをいいことに、富豪はどんどん腹を膨らませ、貧しき人々はどんどん貧しさに慣らされてゆく。この映画は今の日本をくっきりと示している映画なのではないか。

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映画は終盤に向けてどんどん恐ろしくなってゆく。運転手として雇われた主人公がどんどん富豪の社会を覗き見する。そして政治家との関係を垣間見る。社会主義者として当選した女性候補者への献金など、金が金を生むメカニズムに気づいてゆく。しかし自分は犯してもいない罪を被せられ、どん底の生活を延々と続ける。これはまるでドストエフスキーの世界だ。そして富豪のドラ息子と重なり合ってゆく主人公の同期性は『太陽がいっぱい』のリプリーをも連想させる。

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どうだろう。
ここまで書いてこの矛盾だらけのドラマを否定できない自分が存在している。
もはや世界は格差や偏見を通り越してカオス(混沌)の渦に巻き込まれているように感じる。その象徴としてインドの都市(デリー)で起きる複雑なドラマは、”人の命”のことを忘れさせてしまうような強烈なメッセージを吹き込んでいる。そうだ、この映画で本来最も語り尽くされなければならないことは”命”のはずだ。しかし札束の前に見る側もそれを忘れるほどの繁栄が最後に主人公を覆うのだ。
 
これは恐怖映画というべきだろう。
(=^・^=)
 
 
 
 

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ザ・キッチン 

ザ・キッチンはもともとDCコミックを原作とする映画で監督のアンドレア・バーロフ は脚本も担当しており、これが初監督作品。1970年代後半のニューヨーク、アイルランド系の移民が住む”ヘルズ・キッチン”エリアの闇の番人マフィアを描く。これが女性だ、というのが大きなポイント。原作者はオリー・マスターズという男性。

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結論からいうと、とてつもなく面白かった。どういうわけかロッテントマトなどの評価は低い。しかし個人的には非常に興奮した。興奮した理由は色々あるのだが、少なくとも女性がマフィアの世界を牛耳るという展開にゾクゾクする。しかも彼女たち3人はいずれも夫がマフィアで逮捕され、途方にくれた状態から這い上がる。そして夫が刑務所から出てくると、彼ら夫たち以上に地域に支持されていた、というある種のサクセスストーリーである。

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しかし話しはそう簡単ではない。
彼女たちアイルランダーは、この廃墟とまでいわれるようなスラム地区で貧しい生活をする。時代が1970年代後半と聞くと、日本は高度成長期を過ぎオイルショックのあたりか?あの頃、対岸のアメリカではまだまだ貧しい地域があってスラム化が進行していたことを示す。自分の生きた時代にこのような貧困と暴力があった、と聞くと、かつて”アメリカン・ドリーム”と言われた大国アメリカの姿が幻想でありまぼろしだったことを知らされる。

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心を打つのは、彼女たちのキャリアだ。それぞれの夫が闇社会で生活を支えていた、という表面的な事実が冒頭にチラッと描かれるのだが、実は彼女たち3人にそれぞれの苦境があった、というのが映画を通じて描かれるのだ。それはDVであったり、人種的な問題でもあり、妻が夫を支えるという立場の逆転を妬むケースもある。今となっては些末な話題かもしれないが、この時代がある意味でジェンダーアメリカの偏見の分岐点だったのかもしれない。

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ネタバレになるので書けないが、最後にいくつかのどんでん返しがあり、3人の仲も際どい局面を迎える。このあたりの描き方もまた実にうまいのだが、なにより抑圧された妻たちの生活を語るシーンは胸を打つ。夫婦生活も所詮他人。2人でいても孤独だった、というある妻の独白は重たい。人は常に孤独だ。

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この三人がユダヤ人と交渉したり、ブルックリンのイタリアマフィアとやりとりするシーンもドキドキする。そしてこの映画のいいところはドキドキするシーンでも余計な音楽を多様せず淡々と描く傍らで、当時流行ったハートフリートウッド・マックをBGMとして流すあたりのセンスだ。映画全体はドラマの展開とは裏腹に比較的静かに進む。銃殺シーンなど、残酷な展開も多いのだが、そこは演出を極力控えて静かに淡々と描く。そしてBGMに当時のヒット曲を流す。”バラクーダ”が流れた瞬間はとても興奮した。(”ゴールド・ダスト・ウーマン”はこの映画を象徴させている。)

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実を言うとメリッサ・マッカーシーの映画はあまり好きじゃない。アメリカの大人気の彼女のジョークは日本人の自分にはなかなか伝わりにくい。彼女のすべりまくる演技にはこれまで乗れなかった。しかしこの映画で彼女は、これまでのおちゃらけで下賤なイメージを払拭し、下町の貧しい妻から地域のボスになるまでを丁寧に演じている。原作とはイメージが異なるのかもしれないが、映画としては彼女以外にこの役をイメージすることは難しい。とても素晴らしかった。
 
それにしても世間の低い評価が気がかりだ。
最近殊に思うことだが、いろんな映画ファンのレビューなどの評価と自分の評価に隔たりを感じる。
(=^・^=)
 
 
 

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悲しみは憶良に聞け 中西進著

まさか自分が万葉集に近づくことになろうとは夢にも思わなかった。
だいぶ前になるが韓国を旅行したとき、添乗員の方が日本の学校で「万葉集」を学んだと言われていたことを思い出す。まだ日韓が今日ほどこじれる前のあの女性の知的な添乗員の方は、いまどのように語るだろうか。
 
以下は自らの記録なので、誰かに読んでもらおうという意思はない。
 

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中西進氏は91歳。2009年この本が書かれたとき、すでに80歳に近いときに書かれた本だが、まだ最近まで著作や研究書を出されており、この道の権威としてご活躍されている。
 
万葉の時代を今と照らし、山上憶良の時代と憶良自身について深く掘り下げている。
 
概要はまず、憶良が朝鮮半島からの渡来人であり、帰国子女だった、という中西氏自身の信憑性の高い説から始まり、日本にルーツをもたない渡来人の苦悩を解説する。そして万葉集では極めてまれな「貧乏」を歌う歌人としての姿勢を見事に描写している。当時としてはかなり高齢の74歳まで生きた憶良は、役人としてはノンキャリアで表舞台に登場するのが40歳(今でいう定年後ぐらい)だったことも、憶良の深い洞察を反映しているとする。
 
まず大宝律令の制定が、当時の日本にとっては戦後憲法の制定に近い価値観の変化があったことを解説する。戦後というとこのコロナをはさんで「戦後最大」という言葉が飛び交っているが、そうするとまさに今こそが憶良の時代の価値転換の時代とも重なるのではなかろうか。
 
著者は憶良が「万葉集」の中で唯一”貧困”を歌ったことを強調する。「貧窮問答の歌」の中に出てくる”雪”は、彼が生まれた韓国の雪であることもまた、現代と重なる。
 
  • 風雑り 雨降る夜の 雨雑り 雪降る夜は・・・
 
このような雨まじりの雪は「万葉集」に出てこない。そして「貧窮問答の歌」は、このような貧しさを乗り越えるためには”笑うしかない”と言っているそうだ。笑いが人間を救う。貧しくなるとどうしても豊かな人や状態を羨み憎むという対比的な行動や言動が蔓延する。それでも宮仕えの身では思うようにならない。サラリーのために自らを殺して生きる。それを離れて故郷に帰る現象があって、それを”帰去来”というらしい。陶淵明の句だ。貧しくても故郷に帰って静かに暮らそうという思想。
 
帰去来というと蔡國強を連想する。彼の横浜美術館での爆竹パフォーマンスはまさに中国という祖国への思いだろう。衝撃的だった。
 
山上憶良の大きなテーマは「老い」「病」「愛」だと著者は言う。当時としてはかなり高齢の齢70を超えるまで生きる。本来この年令ともなれば”生き恥”とも言われかねない中、恥ずかしくない老いを過ごすというのがテーマだったようだ。これもまた現代性のある思想だ。”病は口から入る”という言葉は、老いてなお暴飲暴食を繰り返す愚かさを示す。これは自らの傲慢な意識を浮き立たせるものだ。そもそも賢き人は謙虚だ。逆に自らを賢いと思い人ほど頭が悪い。これは欲と現実の間にあるものだ。
 
自分もまた概ね”老い”をさまよっている。常に若く有りたいと思う心こそ罪だと思う。そう思えば思うほど自らが惨めになる。しかも自らはそれに気づかない。
 
読書は自らを時として客観視できるからいい。そしてこの本もまた、自らが埋もれてゆこうとする老いを現実にしてくれる名著だと思う。憶良の言葉も素晴らしいが、それを補う著者の彗眼にもまた感服した。素晴らしい本だった。
 
 
 

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